メディアや慣習による思考操作に自分らしさを奪われてはいけない

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まちゅ
どうも、社会のルール大嫌いまちゅです!

 

日本人の大半は、まさか自分の思考が操作されたものだなんて全く思ってもいないでしょう。

 

僕だってそう、自分の意思で生きているつもりです。

 

まちゅ
しかしどうでしょうか。

 

少しでも他人と違う事をしようとしたり、常識から外れた事をしようとすると抵抗が生じませんか。

 

これは社会のルールから外れていると思ってしまうからでしょう。

 

 

ここで疑問。

社会のルールってなんやねんって話です。

 

日本人は何かあればすぐに「周囲の目が」「社会的地位が」とか言います。

 

それを当たり前のように言葉にしますが、そもそも社会のルールってなんですか。

 

国民の意思は社会のルールで作り上げられているのかよ!

 

と言いたくなってしまいます。

 

僕の意見としては
日本人の思考は、メディアや日本の慣習で社会のルールが植え付けられている。

 

そんな風に考えています。

 

今回は社会のルールに敏感な日本人の思考について焦点をあてつつ、今後の課題を提示していきたいと思います。

 

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社会のルールって何?

社会のルールとは

社会のルールは数えきれないほど存在します。

 

  • 挨拶はしろ
  • 遅刻は許さない
  • 学生は勉強第一
  • 年上には敬語を使う
  • 税金は納めるのが当然

 

もうね、ぶっちゃけ生活のほとんどが社会のルールによって形成されていると言っても過言ではないです。

 

まちゅ
まぁそれが良い事か悪い事かは置いといて。

 

これだけの無数の社会のルールがありながら、日本人は当たり前だと思っているのです。

 

日本には社会のルールの違和感に気付いてない人が大勢います。

 

社会のルールをどう思うかは人それぞれですが、僕はかなり違和感を感じます。

 

例えば
上記で書いた「年上には敬語」という社会のルール。

なぜ年上だから敬語なのでしょうか。

敬意を払うべき相手に敬語を使うのは分かります。

ですが日本では、年上の人に対しては絶対に敬語で話すのがルールです。

これは年上は自分より長く生きているから、たとえ尊敬していなくても敬語を使わなくてはいけないということ。

そもそも長く生きていたら偉いという考え方が非常に疑問。

 

このように社会のルールを突き詰めると、僕は疑問しか浮かびません。

 

僕も年上には敬語ですし、それが嫌というわけではありません。

でもなぜ敬語で喋っているかを考えたら疑問だらけだなって思うのです。

 

社会のルールはなぜ存在するのか

社会のルールがある理由

僕が考える社会のルールは大きく分けて2つあります。

 

社会のルールがある理由
  1. 古くからの慣習や決まり事
  2. メディアの操作

 

順番に解説します。

 

古くからの慣習や決まり事

まちゅ
税金とか敬語なんてずっと昔からありますよね。

 

例を出すと、年貢なんて一種の税金ですし、敬語だって古文を読んでいたら腐るほど出てきます。

 

ずっと昔から、こういった社会のルールがあり、現在でもその慣習が根付いています。

 

ちなみに言っておきますが、僕は別に税金や敬語などの過去からの慣習に反対しているわけではありません。

 

僕が言いたいのは、

 

古くからの慣習が現在の社会のルールに根付いていて、それが日本人の思考に当たり前のように植え付けられている事に違和感を感じているだけです。

 

あたかも、社会のルールが当たり前かのように日本人が生活しなくてはならない事に嫌悪感を覚えるのです。

 

メディアの操作

まちゅ
僕的にこちらの方が厄介。

 

別にメディアは嫌いではないです。むしろよく見てます。

 

ですがメディアによって視聴者の思考が操作されまくっている事に不安感を抱いています。

 

視聴者は何気なくメディアを視聴しているだけで、まさか操作されているなんて大半の人は思っていません。

 

まちゅ
でも死ぬほど操作されています。

 

例えば
最近だと不倫のニュースが多いですが、

ニュースでは不倫した人物を徹底的に叩き、悪者であるかのように報道します。

別に間違ってはいないですが、

  1. その人物は悪いヤツ
  2. 不倫は絶対に許されない

という事が視聴者に植え付けられます。

 

視聴者はメディアによってメディアが発信する情報を植え付けられるわけです。

 

  • 〇〇という人間はひどい人間だ
  • 〇〇することは絶対に許されない
  • 国民はこうあるべきだ

 

このようにメディアが発信する事が、あたかもこの世の真実かのように視聴者は捉えてしまうわけです。

 

だから社会のルールが日本人の思考に根付いてしまうのです。

 

そのせいで社会のルールから外れると変な目で見られてしまうのです。

 

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社会のルールによる弊害

社会のルールの弊害

社会のルールに違和感を感じる人からしたら弊害ありまくりです。

 

例えば

  • 挨拶しなかったら怒られた
  • 好きな事ばかりしてたら怒られた
  • 転職しまくったら周囲に馬鹿にされた
  • 仕事を辞めて旅してたら馬鹿にされた

全部社会のルールのせいです。

 

ポジティブな人やネガティブな人、社会に適応できる人できない人、いろんな人がこの日本には存在します。

 

それなのに社会のルールと言って、ルールに従えない人は馬鹿にするんです。

 

1億人以上いるこの日本で全員が同じルールで生活できるかっていうんですよ。

 

まちゅ
違う生き方をする人がたくさんいてもいいじゃないですか。

 

でも社会のルールが日本人の思考に植え付けられているために、違う生き方をしようとする人の行動を邪魔するのです。

 

社会のルールに違和感を感じていても行動には抵抗が伴うのです。

 

まちゅ
好きなように生きられない世の中だ

 

日本人は日本にいるが故の思考になっている

他の国に行ったら日本の社会のルールなんて通用しないですよ。

 

まぁ他の国は他の国で社会のルールがあるでしょうけど。

 

すなわち日本人には日本で生活している事で日本特有の社会のルールが植え付けられているという事です。

 

自分の意思ではなく、日本で生きているからその思考になってしまったという事です。

 

例えば他の国で生まれたら全く違う思考になっているはずです。

 

ここで僕が言いたいのは、

日本人であるが故の思考を全部忘れて、本当の自分の思考で生きてみてもいいんじゃないのって事です。

 

本当の自分で生きよう

本当の自分で生きよう

社会のルールに違和感を感じながら毎日を生きている人は大勢いることでしょう。

 

まちゅ
本当の自分を隠して生きるのは辛いはず。

 

馬鹿にされる場面もあるでしょうが、それを隠さずに生きてください。

 

馬鹿にされても、

「あ、この人は自分の思考を操作されてるんだな。そうとも気付かずに他人を馬鹿にしてかわいそうな人だ。」

と思っておけばいいんです。

 

正直現在では、youtuberやブロガーなども増えてきて、

好きな事で生活している人も珍しくなくなってきました。

 

自分のキャリアアップのために転職を繰り返すという人も増えてきて、人間の生き方というのが昔と変わりつつあります。

 

まちゅ
一昔前は1つの会社で勤めあげるというのが普通でしたからね。

 

だから社会のルールから外れることに抵抗なんてしなくて大丈夫です。

 

社会のルールは自分を縛り付けるものではありません。

 

自分を押さえつけずに好きに生きましょう。

 

まとめ:操作されない自分を貫こう

まじめ

自分の気持ちに正直になって好きなように生きてください。

 

抵抗があるなら、それは自分のせいではなく日本のせいです。

 

だから日本のせいにしておきましょう。

 

否定されても気にしなくていいんです。

 

自分は悪くないですから。

 

むしろ自由に生きる人たちが増えたら、それが日本人の思考になるかもしれない

僕はそう思ってます。

 

好きに生きられる国になってほしい。

 

社会のルールが、徐々に日本中の皆が自由に生きられるものになっていって欲しいと僕は願っている。

 

 

まぁ法に触れる事はアウトですけどね!

そういった最低限のルールは守りながらも、自分を隠さなくていい生き方をしましょう。

 

僕は絶対に馬鹿にしませんから。

 

だってそれがその人の本当の自分ですからね!

 

 

それでは今回はこれで。

バイチャ(^^)/

 

 

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ABOUT US

まちゅ
このサイトを運営しているまちゅです! 好きな事をして、楽しく生きるのが僕のモットーです。社会のルールに縛られない生き方をするためにまちゅブログを開設。 まちゅブログでは、人生や日々の生活に役立つ知識・考え方を僕の体験談を交えながら語っていきます。